住宅設計についての私の考え方

10000回の日常

住宅ができて、生活が始まると、毎日の日常は驚くほどの回数になる。1年365日、30年足らずで10000日以上暮らすことになります。だから入浴やトイレなど、とても日常的なことも、10000回以上繰り返すことなら、少し豊かな場所であるだけで、それは実際に暮らす人からすると、とても豊かなことにつながっていると思う。そんな長い時間を意識した家を創りたいと考えています。

喜怒哀楽

人は日常の中で、日々移り変わる感情を抱えながら生きています。何でも許せてしまうほど気分のいい日もあり、口を利く事さえ億劫な日や深い悲しみに打ちひしがれる日だってある。悲しい時は、夜のテラスで一人泣く日もあるかもしれない。つらい時は、書斎で元気に跳ね回る子供たちの声を聞き、気持ちを奮い立たせる日もあるかもしれない。家を創るということは、そんな人間の少しどろどろした部分にも寄り添える空間を創ることだと考えています。

住人と住居

設計を依頼された人や家族に合う家を創ろうと思ったことは今まで一度もないと思います。むしろその人がいたからこそ生まれてきたような家を創ることを心がけています。人は時間とともに変わる、家族も当然変わるでしょう。そんな時、頼りになるのは、空間が住人につながっているかどうかだと思います。だからおのずと、創るたびに全く違うものが出来るのだと思う。

クライアントと建築家

クライアントの要望は、建築家として聞くのは当たり前です。だけどそれはそのまま何でも聞き入れて、要望のパッチワークのような建築を創るべきだとは思ってはいません。その要望の群れや、時に要望がないことの本質が何なのかを考え、空間にすべきだという思いで、日々設計しています。

建築のコンセプト

家を創る際に、私はクライアントとの対話の中で、環境や、要望、コスト、法律など様々な条件から、そこにしかないルールのようなものをデザインしているのだと考えています。スポーツで言えば、例えばサッカーのルールをデザインし、クライアントにはそのルールに則ってプレーしていただくようなイメージです。サッカーのルールがあるから、どんなプレーになっても野球になったり、卓球になったりはしない。ルールがあるから、クライアントには逆に存分にプレーしていただけるのだと考えています。建築のコンセプトとはその都度生まれる新しいスポーツのルールのようなものだと考え、とても大切にしています。

素材について

家を創るときに素材を選ぶことはとても難しいことです。例えば「自然素材」というフレーズをよく耳にしますが、それは一体なんだろうと考えてしまう。植物でなくてもコンクリートや鉄だって考えようによっては立派な自然素材です。材料にするまでの手間やエネルギー消費量の問題ならますます怪しくなってくる。植林は自然素材か?などと言い出すともはや禅問答にしかならない。だからできるだけ先入観や安直なイメージを捨てて、クライアントとの対話の中から、じっくり考えて一つ一つ慎重に選んでいます。木も石も鉄も、人間の英知によって生み出された素材も含め、それぞれが本当に生きる使い方を考えたい。

環境について

「環境にやさしいものを」ということをよく耳にします。それがそのままソーラーパネルなどの設備機能や、断熱性能などに終始しては残念だと思う。いわゆるエコロジーであるということだが、本当にそうなのだろうか。勿論それらを軽視しているのではなく、そういった環境論に対する配慮は、設計を行なう者にとって、今日もはやマナーのようなもので取り立てて騒ぐようなことではないと思っている。本当に環境を考えるというのは、立地やクライアント、町との関係から紐解くもので、もっと複雑でそれでいて可能性を秘めたものだと考えている。だから本当に環境を考えた家を創りたいと考えています。

和ということ

私は茶の文化が好きです。小さな茶碗一つにしても、名前を付けて、来歴まで箱書きし、茶を飲む器という機能を超えて、だけどしっかりと機能を持って、たった一つの存在になっているところなど感動してしまいます。華美でも素朴でも、コストがかかっていようがいまいが、国産だろうが無かろうが、あらゆる枠にとらわれない文化であることにも、とても共感します。少し大げさだけれど、私にとっての「和」というのは、そんな尊い考え方そのもので、そんな文化の延長としての「家」を創りたいと思っています。

改修ということ

茶の世界には「金つぎ」という言葉があります。割れた器を直すとき、割れた部分がわからないように補修するのではなく、あえて思い切り目立つ形で、金を使ってかけを埋める修理方法です。これによって、割れた歴史を含めて器が蘇ります。また金は人体に害が無く、だから器としてまた口をつけることが出来るわけです。建築の改修も私はそんな風に考えて設計しています。

出会い

建築が建つ場所に同じ場所は二つとしてありません。同様にそこに住むことになるクライアントも同じ人は二人といません。両者はそれぞれかけがえのない歴史や個性、そこにしかない環境や背景を持っていることを強く意識して、日々設計を行なっています。ですから、必然的にその都度新しい住まいのかたちが生まれてくるのだと考えています。私にとってクライアントとの出会いは、即ち新しい建築との出会いの瞬間でもあるのです。